東京育児生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

過去に戻って選べるとしたら…

時間のこなし方が難しい。

このテーマ?投稿の内容は、病名を伝えられた数日間の間に思っていた内容です。

 

今は、ショックは過ぎ、ある意味新しいこの生活に順応しかけています。

そういえば、同室の先輩ママが言っていたな、『慣れられないというか、慣れない。慣れたくないもん』って。

 

過去に戻れるとしたら。について。

 

病名がわかり、手術をした後くらいだったかな。

当時の私たちは、有り余る夜の時間をうまくこなせず、だけど眠れず(いや夫は眠っていたような気がする)面会のあとは徒歩で帰宅することをしていました。

 

5キロ弱だから、1時間くらいをこなすことができる。

なによりこの1時間は、病院という非日常から、仕事をする自宅という現実に戻る、そのダメージをゆっくりにしてくれる効果がありました。

(悩みがあって時間もある人にはおすすめしたいけど、育児中は時間がないんだよなぁ)

 

息子の顔を見て、同室の家族や子どもを見て、感じたことなんかを咀嚼する時間。

 

どちらが言い出したんだっけ?と会話を思い返していたら、私からの発話だったみたい。こんな会話をしたのでした。

 

『人生に”もし”はないけど。彼(息子のこと)と過ごした思い出も記憶もある今、じゃあ子どもを産まなければよかったかというとそれは全く思わない。ここまで深く自分ではないものの痛みや命のことを思い、どうしようもない気持ちを味わうこの経験に意味がないとは思わない。彼がこの病気になったことに必然性はないけど、これを意味のあるものにするかどうか、ただ過ぎるのを待ってもいいかもしれないけど、私はこれを糧にしたいし、彼にもいずれそうなってほしい。』

 

必ずしも、すべての出来事に意味付けする必要はないし、治療期間を乗り越えればいいだけの話ではあるのですが。

 

命は大事、健康は大事、って、誰でも知っているし、誰もが口にする。

だけど私はこれまで、その本当の意味が分かっていなかったのかもしれません。

 

息子には、たくさんの楽しいこと、喜びや、苦しさや、どうにもできない理不尽を味わったりしながら、世界を楽しんでほしいんだよな。

二歳の今の時点で、たくさんの寂しさや痛みや、そういったものと戦っているから、ぜひ神様がいるのなら、人生全体でその帳尻を合わせてあげてほしいなって思いつつ。

 

過去に戻れるなら、と人が言う時、それは別の人生を選択することが多いような気がしています。

だけど私は思わない。

 

私に意識がある限り、こんな思いをすると知っていても子どものある人生は素敵だと思う。

自分で産むとかそんなことは関係なくて、大事なもののある生活というのは、とても尊い。(これもあとで書きたいと思うけど、今回のことがきっかけで、犬猫も家族という意味がよくわかりました)

 

私の人生に登場してくれた息子には、感謝でいっぱいだな。

もっとたくさんの気持ちを、一緒に勉強していきたいな。