東京育児生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

喪が明ける、という感覚

息子が二歳ともうすぐ半年になり、楽になったかというとそうではないけど、だけど0歳児の頃よりは確実に楽しい瞬間は増えた。

そんなことを思えるようになった最近。

 

なんだけど、先日知人のFacebookの投稿を見て思ったこと。

 

彼女のところは、息子さんがもう小学校三年生くらい?

曰く、気づけば一人でご飯も食べているわけで、成長したなぁ、とのこと。

 

それを読んで思ったこと。

彼女の喪の期間は終わったのだな、ということ。

 

これはとても不謹慎な考え方かもしれないけど、少なくとも私にとって、授乳中、離乳食期、時短勤務、そのどれも、喪に服している期間のように思えてならない。

それも、女だけの。

 

彼女はその期間を終えたのだなと。

もともと仕事を頑張る彼女は、これからますます、仕事でもプライベートでも輝いていくんだろうなと。

 

そして、数年後の自分がそうなれるとしたら。

いざ喪が明けたら。

今のこの「喪に服している」時期を、他責にして甘えて過ごしていたら、きっとそれは大きな差を生むものになるんだろうなと。

 

私は子どもが苦手だし、子どもを持った今も、育児が苦手。

だけど息子のことは大事だし、彼のおかげで気づけたことも、見える世界が広がったことも、たくさんの苦難も、そのすべてに感謝している。

 

もともと敬遠していたことだからこそ、彼のおかげで経験できたことに、本当に感謝してる。

 

だから、彼が理由で不自由(DINKS期比で)だったりすることに対して、彼のせいで自分のなにかを奪われた、みたいな言い方は絶対にしたくないと、ずっと思っている。

これは自己責任論でもなんでもなくて、単に自分の美学として。

 

今、社会に思うこと。

夫に思うこと、年配の人に、社会にいるあまたのおじさんに、思うこと。

それは、彼がくれた今の私だからこそ気づけることで。

 

正直、毎日がハードモードすぎるけど。

たまにこうやって、初心を忘れないようにしていかないと。

 

明日もがんばろう。