ずいぶん前にネットで読んだ記事にあったのだけど、日本人は寝具を洗う頻度が少ないそう。
で、晴天続きの今日、ずっと気になっていた枕カバーをつけおき洗い。
しながら思ったこと。
専業主婦って大変なんだな。ということ。
だけど、その存在がないならないでなんとでもなるんだよな、ということ。
家事は妻失格レベル。それでも気にならなかったDINKS時代
働いていた頃は、家事が行き届いておらずとも、働いていることが免罪符になっていたし、仕事しながら最低限家のことをしていると思っていた節があります。
今思うと、相当にひどいものでした。
冒頭に触れた寝具の洗濯だって、最後にいつやったかわからないくらいの時期も余裕でありました。
(だけどそれは日本の住環境や気候も影響しているとは思う。乾燥機も浴室乾燥もある家だったので、単なる言い訳ですが…。)
我が家は家事分担の決まりはなく、「我慢できなくなったほうがやる」システム。
だから働いていた頃も、なんだかんだで妻である私の方が家事分担量は多少多くなり、それでなんとか妻らしい自分を感じていたわけなのでした。
今は私が家にいるため、自分が家事の多くを行うことになっています。(言われたわけではなく、自然の流れで)
専業主婦生活な今、わかったこと。専業主婦って必要?
そして専業主婦になってわかったこと。
明確に言えるなにかを成果としないと、その日一日の自分の価値を感じられないということ。
例えばそれは、児童館へ行くことであったり、銀行での雑用や、日常の家事+αの何かをすることだったり。誰にも頼まれていないお菓子作りや手の込んだ料理もそれにあたります。
ただ、これって何も生みだしていないし、なくても誰も不幸にはならないんですよね。
今の自分をそのまま否定するようだけど。
といいつつ私がこの真実を受け入れられるのは、4月に保育園が決まれば職場復帰できるからで、それはつまり完全な専業主婦を生涯行うわけではないと思えているから。
自分の今の状態を、腰掛け専業主婦だと定義しているからに過ぎません。
例えば私がもし転勤族や、古風な一族の家に嫁いでいて、生涯専業主婦を言い渡されていたとしたら、きっと「専業主婦の作り出す価値なんてなくても一緒」なんて言えなかったと思います。
とは言え忙しい、専業主婦。
とはいえ、これがなかなか忙しいのです。
ここで登場するのが先ほどの寝具の洗濯問題。
例えば働いていたら、きっとまだ無理して洗濯せずに毎日汚い寝具で寝ていたと思うわけです。
ところが、家にいると、手の行き届いていないところをなんとかせねば、しかも毎日なにかしらしなくては、という気になる。
なので毎日なにかしら新しいTODOが必要。
一方、子供の世話もあります。
特に子供の世話は、文字にすると本当になんてことないのだから困りもの。
3時間おきの授乳の合間に家事をし、天候との兼ね合いで洗濯物の取り込みや、子供の睡眠との兼ね合いをみながら買い出しに出かける。
もう少し大変そうに言うならこんな感じ?↓。
授乳、おむつ替え、替えている途中に衣類を汚して着替え、吐き戻し、寝かしつけ、ぐずったのであやし…。
それでも、やっぱり文字にするとたいしたことないなという印象。
私が古風な男性だったら、「一日家にいるのになにしてたの?」と言ってしまいそうです。
すごくすごく個人的な感想。どんなに小さなことでもいいから何かしたほうがいい。生涯専業主婦回避のために
子育て中あるいは介護中の専業主婦の方は、誰の目から見ても、楽しているとは思われない気がなんとなくします。
(だからといって自分が偉いというわけではなくて、客観的な話で)
だけど、新婚さん即専業主婦の奥さんなんかは、きっと時間をもて余していると思う。
あるいは子育て中にブランクが長く、子供も大きくなって家にいるお母さんも。
で、新婚さんならまだ、旦那さんが甘いケースもあるだろうけど、子供が大きくなって時間のできたお母さんは孤独なんじゃないだろうか。
毎日の成果も感じにくく、それゆえ自分の価値を感じにくくて。
そういった人たちのために、今は家でも様々できることはあるけど、きっとそういったものは本当に必要とする層には届いていないのが事実。
だから思う。
ブログでもなんでもいい、何かとにかくすべき。
専業主婦が無価値とは言わないが、そのなかでも輝く方法を見つけるべき。