30代中盤。妊娠出産育児と新生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

この罪悪感は一体どこから来るのか?罪悪感と決別しないといけない。

たとえば、レトルト食品を使うこと。
デリバリーを使うこと。
要は自炊率が低いこと。
 
掃除機がかけられないこと。
窓掃除に手が回らないこと。
彼のアイロンをかけられないこと。
お弁当を作ってあげられないこと。
 
列挙したらいくらでも出てくる。
今朝も変わらず、汚れいっぱいの洗面台でメイクをしながら思う。
 
私がこの種の罪悪感を持つようになったのは出産後だけど、人によっては、結婚後からこの罪悪感と向き合っていると思う。
 
現に、(登場しすぎで申し訳ないけど)、私の妹はそうだ。
罪悪感というよりも彼女の場合は、どうやら直接的に非難されているみたいだけど。
 
不思議なのは、この罪悪感を感じているのは女性の側だけで、男性側が感じている話を聞いたことがない。
 
同じように家を使い、同じように一つの家族のメンバーなのに。
 
だとしたら、彼らに『あなたたちも罪悪感を感じてよ!』と主張するのは違う。
少し考えればわかることなのに、どうもここを忘れがちになってしまう。
 
おそらくあるべき姿は、彼らが変わることを望むのではなく、私たちが変わること。
この例で言えば、まず罪悪感を処理すること。
簡単な方法は『気にしない』、だと思うけど、こんな簡単そうなことが難しい。
 
例えば義母の目が気になったり?
実母だったり、世間体だったり、そんなものが気になって、正しい妻や母を目指してしまう。
 
その場合の正しい妻や母像、はっきり言って今の世界では無理ゲーだと割り切るべきだと思う。
 
というか、当時は情報がなくていい意味であやふやだったことも、今では禁止事項になっていることが無数にあるはずで。
テクノロジーのおかげで、どんどん生きやすくなるべきなのに、こと育児に関して、私たちはどんどん苦しくなっていく気がする。このままでは。
 
ダメ妻とかズボラ母とか言われるのは嫌だ。私だって好んではない。
(上記のような言葉って、なぜかズボラさと同時に女としても終わってる感があるのはなんでだろう)
 
だけど、私たちが変わらないと、たとえば我々の夫が変わることは、絶対にない。
ならば無理ゲーを続けるか?あと10年以上?
 
そんなの無理。
 
だから私は、賢くなさそうなことにもたくさんトライしていこうと思う。
 
シッター?使う使う。
延長保育?しますとも。
ビーフードも使うし、おやつだってあげる、それで静かになるなら仕方ない。
 
このスタンスに後悔した瞬間もある。
だけど、育児も私と人生も、まだ終わってない。
 
結果論でどんなやり方がよかったかなんて、語れるのはきっと20年後くらい?
 
あるかわからない未来のために、今を犠牲にはしない。
 
意識しないと忘れてしまう、そして楽な方に(我慢する方に)流れてしまう。
だから、勇気を持って、この罪悪感と付き合っていく。
 
いつか乗り越えられるといいのだけど。