東京育児生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

人は忘れてしまう、だからメモする

大事な大事な後輩が、育児ブログをはじめた。

で、読んでいて思ったこと。

 

あんなに苦しかった去年を、その切実な痛みを、私はすでに忘れつつある。

手触り感のあるリアルな苦悩やもやもやを、そんな日々を。

 

忘れられることは、人間に備わった便利な機能なんだろうけど、でもそれってとても怖いことだろうと思う。

 

例えば、彼女は生後1ヶ月未満の今、子どもをかわいいと思える瞬間があるという。

私にはなかった。

 

なかったからこそ、自分に言い聞かせるために、声に出していた。

『かわいい』と。

 

そうでもしないと、愛情を持たない自分が怖かった。

だから必死で自己暗示をかけようとしていた。

 

当事者意識にギャップがありすぎて、孤独すぎて、途方に暮れていたから。

夫婦2人の子どものはずなのに、不思議なことだけど。

 

だけどきっと、彼女も私も、どちらのケースにも共感する人はいるだろうし、つまりそれは一般的な悩みなんだと思う。

 

でも。

一般的な悩みなら、それは深刻な悩みじゃないね、なんてことはあり得ない。

それよりもむしろ、それだけ多くの人がそんなに深刻な悩みを抱えながらなんとか生きていることを憂慮すべきなんじゃないか?

 

例えば産後、まだ体もガタガタの時期に、意味不明に泣かれたとき。

ご近所に迷惑をかけるのが怖くて、完徹した日があった。(退院初日。母も妹もヘルプに来てくれていたのに)

 

そんななか、隣で安眠を貪る旦那を見、なぜだか自分が不幸な気がしてならなくて、産後のホルモンのせいだか知らないが涙が浮かんだ。

 

子どもが嫌いだからこそ、子どものせいで不幸な気持ちになりたくなかったのに。

不幸がる自分が嫌だったし、そう思ってもなお不幸な気持ちになる自分が心底嫌だった。

 

異常だと思う。

だけどきっと、産後ってそれくらい異常なものなんだと思う。

体はガタガタ、体型が戻るイメージは湧かない、そもそも子どもがいてかつ人生を楽しむ自分のイメージがわかない。

産後の私は、言葉を選ばずに言えば、やっぱり不幸だったと思う。誰のせいでもなく。

 

変えたいな、と思う。

私の生きているうちには無理かもしれないけど、女に生まれたかった、と女性が男性に羨ましがられるような日がいつか来て欲しい。

 

お互いがお互いを羨ましがれる世界なんて、ちょっといいじゃん。

 

おまけ:

大事な大事な後輩ちゃんのブログ。

もともと好きだったけど、私は彼女の文体が好きだな。

https://usagi-0740.hatenablog.com/