30代中盤。妊娠出産育児と新生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

続首が回らない、と、セクハラ親父

sponsored

昨日書いたように、首が回らなくなった。

原因は不明だけど、3日程度の通院が必要とのことで昨日から通院している。


接骨院でやることは、電気を流して、少し揉んでもらう。これだけ。

滞在時間にして15分くらい?

なんでもっと早く来ることを考えなかったのだろう。


たぶん、肩や腰の痛みなんかで大騒ぎするなんて、という思いがあったんだと思う。

肩腰の痛みなんて誰にでもあるからと。


いや、でもこの考えってよくないよね、と思う。

誰にでもある痛みなら、みんな痛いなら通院なり大騒ぎなりしたらいい。


誰かが『痛い』と言ったとき、『痛いよね、辛いよね』ではなく、『私なんてもっと痛かったけど通院しなかった』とか『もっと重症だったのに仕事してた』とか、そんな謎自慢をするから、この社会は我慢競争になってしまうんだな。


過労死や働き方改革の話になると、必ずこう言う人がいる。

『20代は修行だと思っていたから、どんなことでもしたし、休みなんかとったことがない』『残業時間200時間なんて余裕でやってた』とか。


だから、その自慢がダメなんだって。

それを言う人って、たいがい今輝いていない場合が多いと思っていて。


今輝いている人には、「若い頃の話を教えてください!」と目を輝かせて聞きたがってくれる(それがゴマスリだとしても)人がいる。

だけど、若い頃のハードワーク自慢おじさん(しかもこれはたいていの場合楽しかったとしてではなく、いかに我慢したかという形で語られる)には、それがない。

そして多くの場合モテない。だからより会話をする場所がない、のだと思う。


そういう人が水商売の女性を下に見て、セクハラしてもいいとか思うんだろうな。

パワハラの延長でセクハラしたりとか。


当時は我慢すべきと思っていたけど、笑って流さないとデキる大人じゃないと思っていたけど、実はセクハラだったんだなってことが、最近多くて。

#metoo の告白を読むと辛い理由。

それは自分も被害者であると同時に、自分が我慢したり、スルーするように自分をトレーニングしたことを、あとの人たちにも強いることで私も加害者になっていたんだな、と気がついてしまうから。


肩が痛い、首が回らないなんてどうでもないことかもしれない。

昨日も夫に『寝違えなんてよくある』と言われた。


でも。

産後半年ずっと痛かったのだ。

やっと行った病院で、半年我慢しないですぐに来ていたら、寝違えで限界を迎えるなんてことはなかった、と言われたのだ。


そうやって、人の痛みを軽くみてしまうことで、大事な時に周りに助けを求められなくなる人はきっと多いんだろう。


弱いと思われても、きっといいんだな。

自分を大事にするって、わがままみたいだけど、きっと、私たちが思ってきた以上に大事なことなんだろう。