30代中盤。妊娠出産育児と新生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

ホーリー・ガーデン

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昨日姉妹を怒らせたことが引き金であることは間違いない。

それからずっと、気分が悪かった。

というか、気持ちが悪い、という言い方のほうがしっくりくる感じ。


気分が悪い!と怒っているのではない。

なんというか、彼女とは一定以上深い話はできないな、と理解したことによる喪失感というか。

怒って発散する彼女に対する、羨ましさというか。


なんにせよ、先に被害者となった方の勝ち、ということを痛感するできごとだった。


そんなことを思った昨日、思い出したこと。

江國香織さんの作品に、ホーリー・ガーデンという小説がある。

私はこれが大好きで、10代後半のころ、何度繰り返し読んだかわからない。


おそらくそんな風に形容すべきではないのだろうけど、SATCのような登場人物への共感ポイントが随所にあり、そしてそれがとてもニッチな部分であったりして、読んでいて安心する。

そんなおはなし。


語り手が交互に入れ替わる(専門用語で何と言うのかわからない)形で描かれており、女性の語り手としては、果歩と静枝という幼馴染みの2人が登場する。

ちなみにこの2人が主人公。(だと思う)


で、その中でこんな描写がある。

※言葉は正確ではなく、ニュアンスです。

>喧嘩をすると、先に泣くのは決まって果歩の方だった。

>先に泣く果歩は、だけどけろっとするのも早かった。泣けなかった静枝はじくじくといつまでもその痛みが処理できずに夜まで引きずるのだ。

>静枝は優しいふりをしているけど、全然優しくなんかない。幼い日の果歩は泣きながら言った。


この描写を、昨日何度となく思い出していた。


私は昨日、

・前から思っていたけど

・あなたの言い方は悪い(人の気分を害する天才、だったか)

・いい機会だから言っちゃった

といった意味のことを言われた。


一字一句正確である必要はないし、だからラインを見返すつもりもないけれど。


傷つけられていたのは私で、ずっと我慢していたけど、あなたのためにも言うね、というものだ。


彼女には何も弁解しなかった。

ありがとうを伝えたが、彼女からの返答はなかった。


理解してもらいたい、と本心では思ったりもした。

だけどもう、被害者と加害者という役割が、彼女の中で出来上がっている。

となれば私がするのは弁解ではなく謝罪なのだろう。


だから。

先に被害者になった方の勝ちなのだ。

ホーリー・ガーデンで言うところの、先に泣いた方の勝ちなのだ。


ここからはただの考えの整理。

彼女がどう受け取っていたのかわからないが、私は悪意や嫌味を彼女に言ったことはない。

だけどきっと、彼女がそう受け取っていたのは必ず、私がアドバイスをしていたシーンだった。


例えば夫婦喧嘩からの離婚を検討している相談をされた時。

育児の愚痴を聞かされた時。

義母への不満を聞かされた時。


それに対して、優しいだけの同調が欲しかったのだろう。

アドバイスなんてするべきではなかったなんて。


人には、変わるということを本能的にためらうタイプがあるのだと思う。(逆のタイプももちろんいる)

たとえそれが、より良くなるための変化であったとしても。

私がどちらのタイプなのかはわからない。

だけど転職回数が気にならないことなどを考えるに、変化を好むタイプである可能性は高い。


対して。

彼女はそうではないことは明白だ。


仕事で悩み、転職を検討しかけた旦那さんに『やめるのは逃げみたい』とアドバイスしようとしていた人だ。

今の生活に不満がありつつも、さまざまな稼ぎ方を何も試さなかった人だ。

変化を好むわけがない。


私は彼女が大好きだった。大事だった。

これまで、その思いだけで転職したことさえあった。


だけどわかった。

私たちは、違いすぎる。 

お互いの感覚を相手に合わせようとするには。


違いを理解した上で(それが私だけのものであっても)、一定の距離を保ちつつ、核心に触れてはならない。

そのスタンスでいかないと、双方にとって幸せではなかったのだ。


30年以上も付き合ってきて、今ごろ理解するなんて。