30代中盤。妊娠出産育児と新生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

子どもがいるとさ…、は、実は高度なのろけ話だったのかもしれない

産後三か月になった。

育休生活にも慣れてきた。

子どもがいる生活にも、それなりに慣れてきた。

 

じっくり考え、書く時間はなかなか取れないながら、最近思っていること。

 

失うこと・変化することは怖くない

私の好きな本の一つ、「夢をかなえるゾウ」。

誰もがほんとうは理解している、だけど行動できないという真実にたいして、行動を促す、そんな内容。

ちなみに3まであるけど、やはり一番好きなのは初回のものかな。

 

その中でも触れられているのが、何かを失ったらそのスペースに何か入る。

なにか新しいものを手にしたかったら、そのスペースを作る必要があるということ。

(本当は変わりたいけど、とか言っている人は思い切って何かを捨てると新しい何かを入れられる、といった例え。例えば会社を辞めてみるとか。)

 

出産するということは、DINKSな生活を失うこと。

妊娠が嫌だったころの私は、何がなんでも当時の子なしで身軽な生活を死守したかったんだなと。

子どもありの生活が楽しかったり幸せだったりすることも知らずに。

 

出産して、DINKSな生活を失ったあと、子供がいる生活がそのスペースを埋めている今。

わかったことは、持っているものをupdateすることは世界が大きく広がること。

だから、自分が知っている今の生活をして、それが世界のすべてだと思わない方がいい。

 

変わることや失うことを恐れてはいけない。

 

子どもがいる生活は苦しみだけではない

なんでこんなことを思ったか。

 

最近、テーブルクロスがかかっているお店で食事をしていない。

日中は片手で食べられるようなものばかり食べている。

 

だけど、これまでバカにしていたようなフードコートや、ファストフードの店で食べるごはんでも、家族で行くとリラックスしながら楽しめるのだ。

そしてそれが、子持ち人がよく言う『子どもいるとこんなのばっかりだよ・・』みたいな感じではなく、純粋に新鮮だったりして楽しいものなのだ。これは意外な発見だった。

 

私は今まで知らなかったけど、子持ち人の言う、『子供がいると…』という例のあの発言は、苦労や不幸を語っているのではなくて、その裏に実は幸せが隠されていたのだなと。

子どもがいない頃には、その隠された幸せのにおいに気付くこともできなかったけど。

 

苦しさアピールよりも、幸せを謳歌していこう

働き方や育児についてもそうだと思うけど、日本は、苦しんだ人が偉いみたいな風潮が強すぎる。

そして幸せについては謙虚にあれ、自粛しろといった風潮もまた然り。

 

それが負のスパイラルを生んでるんだろうな。

育児なんてどうせ苦労は尽きない。

 

だからせめて、楽しさは自粛しない自分になってみようと思う。