30代中盤。妊娠出産育児と新生活

妊娠、出産、育児とそれに関わる働き方について。備忘録的に。

「便利」にお金は払いにくいが「必要経費」なら使える?ベビーシッターをお願いしてみて。

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先日、初めてベビーシッターさんに子守りをお願いしてみました。※感想文はこちら

感想文にも書いた通り、とーーーってもよかったのですが、まだまだきっとベビーシッターを利用する人は少ないのかもしれない。 

 

息子は2か月、首すわり前。

もし私が親と同居していたらとてもシッターなんて使えなかっただろう、と思ったのがきっかけでアレコレ思いをめぐらせてしまい、、。

もっと当たり前のものとしてベビーシッターサービスが利用されるべき!と私が考える理由を、自分なりに咀嚼し、利用前に感じるハードルについて考えてみました。

 

 

↓私が使ったサービスはこちら。

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シッターが当たり前の社会で起こることってなんだろう。

 

◆その1:孤育て・ワンオペ育児の改善

まだまだ子育て歴が短く笑われるかもしれないけれど、これだけは言える。子育ては孤独。海外は違うというのなら、少なくとも日本では。

私は23区内で子育てをしているけれど、郊外や地方での子育てもきっと孤独ではなかろうか。(地方の友人は、都内での子育て無理、とも。移動などの面かららしい。)

孤独の種類が違うだけで。

 

私の場合最も孤独を感じるのは、社会との隔絶感

妊娠中はそれほど孤独を感じることがなかった。きっとそれは、直前まで仕事が出来ていたからであるし、いくら身体が大きくなっているとはいえ、自分の身体一つではあったから、なんだかんだで思い通りに行動できるのだ。

ところが子連れになった途端、行動制限だけでなく、入店すら断られる施設も出てくる。(高級フレンチなどではなく、スーパーであっても)

 

次はやはり、旦那さんとの覚悟の違い、とでも言うべきか。

うちの旦那さんは非常にいい人キャラで、実際優しいのだと思う。無関心によるやさしさのようなものを持っている。

だけど、いくら彼が欲しかった子供であっても、今でも自分が一番大事なことに変わりはないようで。彼らしいと言えば彼らしいのだけど。

 

愛でることはしたいけれど、面倒は引き受けたくないんだろう。

ベビーカーは押すけれど、押している時のその他の行動はやってくれ、的な。(ドアを開ける、パスモを提示するなど)

こちらはいつもそれを一人でやるんだよーとは、まだ言っていない。 

 

というわけで、両親そろっている場合でも孤独感を感じるし、孤独の正体は恐らく理解されないことにあるように思う。

 

◆その2:自分だけの時間が創出されることにより、母の自立が可能に

これは子育ての文脈の話の中では後回しにされやすいのだけど。

かつて仕事をしていて、結婚や育児をきっかけに退職した女友達の中に、もったいないと思われる友人が何人もいる。(失礼ながら)

彼女たちは、決して飛びぬけて仕事ができたわけでも、人一倍仕事へのモチベーションが高かったわけでもない。ただ、人並みには努力をし、人並みに仕事のやりがいも感じていたタイプだ。

 

彼女たちは結婚や育児をきっかけに退職し、幼稚園入園まで育児に専念する。

そして子どもが幼稚園に入園したり、あるいは小学生になるなど、とにかく少し大きくなってきたタイミングで手が空きがちになる。

その時。

これからフルタイムで働く感じでもないし、かといってパートで数時間レジなどの仕事をするイメージも沸かない(あるいはプライドや姑からの世間体などという言葉によって)。と、自分の力で稼ぐことができなくなる。

 

生活をするにはもちろん問題ない。

専業主婦でもいいという夫だからこそ、結婚や育児をきっかけに退職しているのだから。

でも、もしその旦那さんとの生活に疑問や不満がある場合。

生活がネックとなり、不満があったり孤独な状況であっても、自立が困難であるがゆえに我慢を続けるしか選択肢がなくなってしまう。

 

もし、自力で稼げるようになっていたら、選択肢は少し広がるはず。

例えばそのために、毎週シッターに預けている少しの時間にカフェに行き、資格取得の勉強をするとか。その間に英気を養い、預ける前日の夜は少し夜更かしをして勉強をするとか。預けている間にセミナーに行ってみるとか。とかとか。

というか、自分ひとりでお茶しに行くことをきっかけにも、何か思いついて行動が始まるかもしれないし。 

 

◆その3:保育の質があがる。保育士の地位が向上する

私自身は保育士ではないし、子守りの質もあまり気にしていないのだけど。

先日話題になった、堀江貴文さんの「保育士はだれでもできる仕事」発言。私はこれについては、言い方の問題はあれど同意する部分も多い。ただ、悪いのは個々の保育士たちではなく、古い業界全体の問題なのだと思う。

 

ただ、シッター文化が当たり前になれば、そういった古いやり方や文化に違和感を感じ、かつ能力とチャレンジ精神のある保育士さんは個人の力で稼げるようになる。

個人で活躍する人が増えてくると、新しいことには及び腰、だけど能力のある保育士さんも参加する人が増えてくるだろう。

となると、当然そこでは競争が生まれ、シッターの保育の質も上がっていくはずだ。

そして保育士は今よりもっと、求められる職業になっていく。

 

◆その4:仲良し夫婦が増えるかも?

妊娠前、『妊娠したからって女を捨てた妊婦にはなるもんか。』と思っていた。

『女を捨てきった母親になんてなるもんか。』とも思っていた。

 

実際のところ、妊娠期間中はそれなりに女を保てていたと思う。

おなか以外はそこまで劇的に太ることもなく(とは言っても太っているが)、髪や爪、メイクと服装にも気を遣っていたつもりだ。

 

がしかし!産後はそれが驚くほど難しい。

一応毎日メイクはするようにしているし、髪もそれなりにはしているが、爪はもう何もできていない。※ジェルネイルが嫌いなため、子供の口に指を入れるにはセルフネイルはNGな気がして…。

ネイル同様、服装についても子供を抱っこしたり授乳することを思うと、制約が多い。

結果毎日似たような動きやすい&脱ぎ着しやすい服を着ている。

エストマークしたスカートや、ラインコンシャスなデリケートなニットなど、一体いつになったら着られるのだろう…と、遠い目をしてしまう。

 

もし、シッターサービスを定期的に活用していたら、例えば月に一度は旦那さんと夫婦水入らずでデート、その前週には美容院でメンテナンス、といったことができるはず。

妻が女を忘れずに楽しくイキイキを育児をしていたら、旦那さんだってきっと初心を忘れずに妻をより大事にしたくなるんじゃなかろうか。…希望的観測すぎ?w

 

とここまではシッター文化が当たり前の社会のメリット。

ではなんで、その実現が難しいのかな?=なんでみんな使わないんだろう、という点について。

シッター文化の浸透を妨げている要因について考えてみます。

 

◆その1:子育て中ママは制約が多い。それが当たり前だから仕方ない、という風潮

ママは髪の毛を振り乱して子育てに追われるのが当たり前。

その期間はヒールもキラキラ服も封印だし、多少太ったって仕方ない。だって自分に構ってる余裕はないからね!みたいな風潮…ありませんでしょうか。私は感じてます。

『自分の時間が欲しい?はぁ?!』みたいな。

 

でも、子育ての年代って、仕事や人生の面でもいい年代でもあり。

一つのことだけして、他のことに無理やり目をつぶるにはちょっともったいなさすぎる年代じゃないかな。

 

◆その2:我慢や苦労をするとより質の高いものが提供できるという思い込み

これ、手作り信者とかにも言えることなんですが。

手間暇かけて取り組んだものの方がいいものなはず、愛情込めて作ったものの方が子どもにいい影響を与えるはず、お母さんが頑張って作ったものの方が…(以下略)。

 

これについては私、断固反対です。

例えばお弁当だって(私はお弁当作りは好きなのでやりたいのですが)、もしお弁当作りが苦手でストレスで、というママがいた時、それをアウトソーシングするのは全然OKだと思う。

大きなストレス抱えながら作ってもらった、たいして上手くもできていないお弁当。

子どもだって遠慮して、毎日おいしかったと言わざるを得ないでしょう。これは双方にとって不幸なはず。

 

かーさんがー夜なべーをして、のあの歌の世界感を地でいく感じ?

それはいいのだけど、それは本人の好きでやるならよろしい。

 

社会が無言の圧力によって強制すべきものではないはず。

 

◆その3:日中家にいる=それしかしていない=余裕でしょという誤解

これ、あるあるじゃないでしょうか。

うちの優しい旦那さんでさえ、これはひしひしと醸し出しています。

 

私が産休育休に入ってからというもの、彼は一体何度掃除機をかけたことでしょうか。ごはんのしたくも、食器洗いも、出したものをしまうことも…。

家事と育児は、働いていない人の仕事、という世の中の風潮?

これがあり続ける限り、出産が女しかできないものである以上、産休を取得するのは女性側しかありえないわけで、であればこの考え方が生まれてしまうのも自然なことです。

現に私の旦那さんは、悪意があるのではなく、自然に生活していた結果そうなってしまったわけで。

 

◆その4:家にいる=稼いでいない=自由にできるお金がないなかでそんな贅沢できない

一つ前の理由に近いのだけど、他にすることないのだから、家事育児はしっかりやらなきゃ。

お金払って自分の時間を確保するなんてそんな贅沢、とてもとても…。という考え。

 

わかるのだけど、とってもわかるのだけど、じゃあ毎日不機嫌な様子で家事育児をして、いつも怒りっぽい妻。それはあるべき姿なんだろうか。&家族はそれでHAPPYなんだろうか。

 

◆結論:お金はかかる、それは事実。でも長い目で見たら決して浪費ではない!

節約妻=いい妻 みたいなものがあるのはわかる。

家事育児を自分の手で頑張るのが偉いのもわかる。

 

でも、それがやりきれなくて、結局不機嫌になったり、家族に八つ当たりしなくてはならない状況になっているのだとしたら。

あるいは、本当はやりたいことを我慢して我慢しているのだとしたら。

自分の時間を確保するための家族会議や、旦那様に理解してもらうための努力はすべき。

 

シッターを利用すると、今今の出費は当然発生します。

だけど、その時間で将来の自分のために投資ができたら、あるいは自分を取り戻すことで家族とよりよい時間を過ごせるようになるとしたら。

自分のためだけでなく、家族全体の総幸福量をあげる意味でも、プロに払うお金は決して浪費ではないと思うのです。

 

難しいのは理解を得ること。

だけど、全ての子育て世代が自分事と考えて、みんなで声をあげていけたら。

ママもパパも、もっと自分らしく、イキイキと子育てができる世の中になるのではないでしょうか。

 

みんなで子育てを徹底的に楽しみたい!